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論文放り出し、土居先生のレクチャーへ。
「1Q84から読む建築」というタイトルで、土居先生のレクチャー。僕はまだ「1Q84」は読んだことないのですが、村上春樹の物語に出てくるパラレルワールドの構造に興味があったことと、『物語論で読む村上春樹と宮崎駿』で指摘されている「村上春樹の物語には構造しかない」という論がとても興味深く、土居先生の見解を直接聞いてみたく、これは行くしかないと。卒論でオランダ構造主義を扱い、修論でも構造主義的な考え方を扱っている僕はいま、「構造」という言葉に過度に敏感なのです(言い訳)。ただ、土居先生の話を聞くのがすきなだけです。
レクチャーは、もやもやぼんやりと頭にあった(かもしれない)ことを明確な言葉で伝えていただいた貴重な機会でした。土居先生が指摘なさった入れ子構造(下記)のを聞いて、『単純な脳、複雑な私』で、書かれていたリカージョン(再帰:ここでは脳を使って脳を考えるということ)の構造と同じことに頭がぴぴーっときました。

≪<{(ふかえりが伝える物語)を小説に書く天吾}を書く村上春樹>を読む読者≫

レクチャーの内容は、土居先生が土居先生の言葉でしゃべらないと(僕の完全なる力量不足)うまく伝えられませんし、著作権のことにも関わることかもしれませんのであまり明記しません、ごめんなさい。でも、ドネルモという活動は僕も詳しくは知りませんがとても興味深い活動のようなので、みなさん福岡なので行きましょう。今回のレクチャーも文字起こしされるかもとおっしゃってました。
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「今はみんながデザインを自分のために使っているような気がします。他人より目立つとか、一刻も早く建築雑誌の誌面をにぎわすとか。そういう意識が働き過ぎているんじゃないでしょうか。そうではなくて、みんなが困っていることに対して何ができるかを問うて、そこを抜ける中で本当にその人らしいデザインの在り方や、建築の新しい地平が開かれると思います。」内藤廣氏 日経BP社 ケンプラッツ

誰のために?何のために?
考えることはいろいろとある。
デザインしたいけど、エゴにならないように気をつけたい。
自分のできることをやって相手を少しでも幸せにする。


最初の音を聞いて不意に泣きそうになった。
山手線の音は、僕の中で東京の音になってる。誰が作ったんだろう。
ちなみに、フランス国鉄の駅の音楽はめっちゃ旅情を醸し出すいい音楽でした。もう忘れてますが。
ベルギーや、オランダの「ダーメス エン ヘーレン」っていう構内・車内放送も感慨深いです。
音には結構記憶が染みついています。
『キンドル』の印税70%

びっくりなニュース。
あんまり使う気はないなーと思いながらぼんやりと考えていたけども、
著者にとっては、電子データなので出版社を介さずに本が出せるというメリットがあるなあとは思っていた。
本を出す敷居が低くなる。きっとこれからの出版社は戦略が大変だろうなあ。
そんな矢先にこのニュース。

電子書籍になったら、本はめくるものではなくて、スクロールするものになるのかな?
なにげに1ページ1ページめくるリズムが、大事だと思うけど、
スクロールするようになったら、それにあったリズムの文章がでてくるのでしょう。

パラダイムシフト。

でも、物質って、体に直接訴える情報を何かしらを持っているから点において大事だ。
あたりまえだけども、人間は、体(目、耳、鼻、手など)を通してしか情報を知覚できない。
同じデータであっても、「本で」読むか、「iPhoneみたいなので」読むか、では体の知覚の方法が変わる。

体は大事なのである。
体がないと考えられない。
明日は走ろう。
100120manwatching.jpg

雑誌『ブルータス』がランニング特集で立ち読み。
ニューヨークの市民ランナーにインタビューしてるページを発見。

読んでたら、似たようなものを思い出した。
それは、高校生のころ街の書店のはしーっこに毎月1冊だけおいてあった雑誌『relax』。
(ブルータスと同じマガジンハウスからでてました)
僕は、なけなしのお金で『relax』だけは絶対に買ってた愛読者でした。
その『relax』のp.10~20ぐらいの序盤に連載されてた『man watching』
僕はこの連載が大好きだった。
毎回形式は一緒で、あるテーマに沿った人を街角でパシャリ。
そして5問くらいのかるーい質問に答えてもらうというもの。

たとえば、2002:12号では、チャリンコに乗った人特集。質問は以下の通り。
1.氏名(歳)
2.職業
3.そのチャリを使っている期間
4.そのチャリの良いところ
5.乗りながら鼻歌を歌ったり、口笛を吹いたりする音楽

これ、取材者の人選がちょーうまい。ふつーにかっこいい人からおじいちゃん、子供とかまでいる。

1.○○○○(5)
2.保育園
3.1年ぐらい
4.赤いとこ
5.ひとりごとブツブツ言ってる

こんなかんじ。
なんだか、インタビューに答えてるみんなの主張がはっきりしてて、よかった。
いろんなひとがいるんだなーって漠然と眺めるのが好きだった。 
でもその主張するテーマが、毎回気が抜けてたからよかったんだと思う。
お金はないけど時間は有り余ってた高校生時代、隅から隅まで読んでました。
「ブルータス」のインタビューもこれに近いものでした。

そのほかにも『relax』には名物コーナー目白押し。
man watching マン・ウォッチング
a girl like you 君になりたい
cinerelax シネ・リラックス
fab! ファブ!
be kids again! オッス!帰宅部
see ya! またネ
life in renoir 今月のルノアール
などなど。こんなモンじゃありません。

毎月毎号のテーマも「沖縄」、「アディダス」、「コロコロコミック」とか多種多様。
もう、こんな雑誌見たことない!

またよみたい!
(ライターの渋谷直角さんはブログを書かれていて、めっちゃおもしろいです。)




さっ、論文論文...orz


これを聞きながら論文。ゴールドベルク変奏曲/グレン・グールド
超猫背。
土日なんだけど、寝すぎて走らなかった!走りたい!いつ走ろうか。
まっくろくろすけがいそうな部屋がない。

住宅にほの暗さがないという意味であるが、
卒業制作に取りかかっている後輩とそんな話をした。
正月に、両方の祖父母の家に行ったが、その両方の家には独特のほの暗さがある。
ひんやりとしていて、凛とした空気。
それには3つの理由があるのではないかと今思った。

1.人数の変化
昔は家族が皆いた家に今は祖父母だけが生活している。
その家を使う人数が減ったことにより賑やかさがなくなり、
日頃、使われなくなった部屋がでてくる。

2.家の構成
両方とも勾配屋根のかかったどこにでもあるような日本家屋だ。
屋根が深くまでかかり、軒下がある。
そして室内には欄間がかかり、天井が開口部より高い。
そのことで、人間が普段生活する床から2mぐらいの空間より上に、たっぷりとした懐がある。

3.他者の不在
昔は両方の家で、何かしら飼っていた。
蚕を育てる空間があり、馬小屋もあった。
今はいない。

3番目の理由が興味深い。
昔の家では、人間以外の物のための空間が家に組み込まれていた。
そこが今は、他の用途で使われている。
建物の主体を使う人間だけにしないことで新たなことが考えられる。

また、今の家に客間が減っているということもきいたことがある。
客間は人間のための空間だけれども、メインユーザーの人間のためではないという点で
3と共通している。

他者がどんどん家から外へいってる。
これはちょっと寂しい気もする。
まっくろくろすけぐらい、居てもいいのに。
前回のエントリーをふまえて。

自分でやればできることを人に頼み、それを頼むためにお金を稼ぐ。
すこしはそういう考えがないと職業は生まれない。
ただしそれがいきすぎてはいけない。
「あいつは?するの得意だからあいつに頼もう」というレベルでは
全然あり。そうあるべきだ。

ただ、利益を上げるために建物を作るなんてことはしたくない。
いやもちろん、建物を作ってお金をもらうことは重要。
ただ、自分ができることをして、お金をもらうことが重要である。
一定の利益を出し続けないといけないほとんどの企業にとっては大変なことかもしれない。
それは、まだ社会に出ていない学生の理想論でしかないかもしれないが、
そんな今だからこそその辺をきっちりしておきたい。
就職活動は1年も前に終えているのだが、今頃になって考えている。相変わらず遅い。
仕事の中で、誰かのために自分ができることを探せればと思う。

この前テレビでやってた『ダイ・ハード4』で不死身のジョン・マクレーンが
「(死にかけているのに)なんでこんなことやってるの?」という問いに
「他に代わりがいないからだ。誰かが代わってくれるならとっくに代わっている。」
という台詞でかえしていた。
100109新年会

今日は先生の自宅で新年会でした。
毎年のことなながら身動きとれないくらいのお客さん。
こんなに大勢の人がパーティーにきてくれる先生の人柄がとても羨ましいです。
去年は、いろんなひとといろんなお話をしていただいたけども、
今年はキッチンで黒子に徹する。
もっと話すれば良かったかなと思いつつも、今までお世話になったので。
先生、今年もよろしくお願いします。

玄関の飾りが良かった。


午前は、新年2回目のランニング。
だんだん、10kmという距離に脚が慣れてきた。
でも、ラスト1周=2kmちょっとペースを上げたらラスト1kmが息ゼーゼーでペースダウン。
まずは、目指せ40分台です。

10km
00:52:57
そんなこと訊かれても』にどきりとする。

文中に「私はまだ『私』になっていない」という精神状態が書かれている。
下手すると僕もここに陥りそうになっている。
いや、片足を突っ込んでいる。
もしくはどっぷりつかっているのを認めたくないのだ。
そんな僕は、「『私』になるために」、「自分らしく」生きるために必要なお金を稼ごうとしている。
そういうことに気づかされた。いや気づいていた。

私はもうとっくの昔から『私』なのである。
誰も責任はとってくれないし、誰も正解は知らない。
正解をおしえてくれる人は現れない。

自分で判断しなきゃ。でもどうやって?
それも誰も教えてはくれない。

すみません、人に読ませる文章ではありませんが、決意として。




先程、『かいじゅうたちのいるところ』の試写会に行ってきました。
子供のころに持ってたWILDな感情を思い出させてくれる映画でした。
(WILD;野生の、人慣れしてない、自然のままの、荒っぽい、激しい、、)
試写会、初めていったんですが、以外と仕事終わりのおじさん(おとうさん)も多く、
そのおじさんに挟まれ見てましたが、最後には感動で涙が出てしまいました。

それにしても監督のスパイク・ジョーンズが
いろんなところでインタビューに答えているのですが、
それに載っている写真がやさしい笑顔でほんとに無邪気な感じ。
この監督だから撮れた映画だと思います。
子供役のマックスくんを肩車している撮影現場の写真とか。
マックスくんが笑うシーンでは、カメラの後ろでかいじゅうたちを使って笑わせてた
ってマックスくんのインタビューでいってました。
100101初日の出1

100101初日の出2

100101初日の出3

今年もよろしくお願いいたします。
節目の年です。がんばります。


元旦ランニング
12.6km
01:06:26

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